なぜ嫌いな上司の評価を欲しがるのか?

私は、世の中の苦しみの9割は、サラリーマン文化に起因するものだと考えています。

とくに、苦しみに直結しやすいのが評価でしょう。「上司が自分を評価してくれない」と悩む人は少なくありません。上司の評価が自分の期待感を下回ったとき、人は苦しみを感じます。その苦しみが何年も続くと、今度は上司を恨み、陰口を言うようになるのです。

そもそも、自分の期待通りに評価してくれる上司など存在しません。なぜなら、そこには人件費を極力上げたくないという会社の思惑、自分の都合を考える上司の思惑が交錯するからです。なにより、評価を利用し、社員をコントロールしているのが、今の会社組織というものなのです。だからこそ、評価を欲しがる前に、評価する上司や会社の性質をよく理解しておかなければなりません。

つまらない人間からの評価を恥とした侍たち

どこの会社に行っても感じることですが、世の中の8割以上の管理職は嫌われています。居酒屋などに飲みに行けば、ほぼ確実に上司の悪口で盛り上がります。私自身も不満があればすぐ口にだすほうなので、そういったガス抜き自体は否定しません。ですが、上司の悪口をいっているのに、その上司の評価が欲しいというのは、いささか矛盾があるのではないかと思うのです。

私もサラリーマンですから、上司の評価が昇給や昇進に直結することは理解しています。みんなが評価を欲しがるのは、第一にはお金のためなのでしょう。しかし、お金だけに気を取られていると、他のことが見えなくなってしまいます。なにより、評価する上司の性質を理解していないと、苦しみはより一層長く続くことになるからです。

かつて侍たちは、つまらない人間に評価されることを恥と考えました。

たとえば、詐欺師や泥棒から「お前は仕事ができる」と言われると、それはどんな意味を持つでしょうか?

詐欺師から「仕事ができる」と言われることは、人を騙すのが上手い、と言われていることと同じ意味です。泥棒から「仕事ができる」と言われれば、人から物を盗むことが上手い、と言われていることになります。もし、あなたの上司に何か人として問題があるなら、むしろ評価など必要ないと考えたほうがいいのではないでしょうか?

評価を欲しがると足下を見られる

上司運が悪かったのか、私は社会人になってから、ただの一度も「評価されたい」と思えるような上司に当たったことがありません。

これには2つの理由があります。

1.上司の性質に倫理的な問題があった
2.評価を盾に部下の足下を見る人ばかりだった

「俺がお前の評価をしているんだよ」いくつかの会社で、これまで何度もこの台詞を聞かされました。この台詞の裏には、「俺の言うことを聞かないと評価しないぞ」「だから俺のいう通りにしろ」といった脅しの意味が込められています。「お前は一生平社員だ」こんな直接的なことを言われたこともあります。

このように、いまだに評価を盾に人の足下をみる、いやらしい人間がいるのです。彼らからすれば、私に強い圧力をかけたつもりだったのでしょう。私は翌日の朝、即座に辞表を提出しました。そんな会社に長居する必要はないからです。転職すれば給料が下がる、同じ会社に長く居続けなければ給料は上がらない、これらはすでに過去の話です。少し視野を広げれば、そんな会社よりいい条件の会社はいくらでもあります。

もし、あなたが人の足下を見るような、いやらしい上司の評価を必要とすれば、あなたはその先も長期的な気苦労を強いられるとになるでしょう。彼らは評価をコントロールし、あなたを自分の都合のいいように操ろうとします。それだけではありません。彼らのような人間は、99%要求がエスカレートしていくのです。あなたは牛馬の如くコキ使われ、何年かすれば心身ともにすり減った状態になる可能性が高いのです。その労力のわりに、給料も大して上がりはしないでしょう。

そんな例を、私はこれまで何度も見てきました。だから私は、人の足下を見るような上司の評価など、必要としなかったのです。

結局、人は他人を適切に評価できない

しかし、そんなやり方も少しずつ通用しなくなってきています。一つの会社に留まってもさほど給料は上がらない、転職したほうが給料を上げやすい、こうした現実に多くの人が気づきつつあります。安い賃金で人を使いたいだけの会社は、「ここで逃げたらどこに行っても一緒だ」などという脅しをかけてきます。しかし、転職をすでに経験した人は、それが嘘だと知っているのです。

だいたい評価を盾に人をコントロールしようという考えが、根本的に間違えています。それはある意味、恐怖で人を支配するやり方と一緒だからです。人のコントロールに恐怖を使うのは、昔からよく使われる手法ですが、そんなやり方では会社組織に発展はありません。

同じ作業ばかりを、ただひたすら続けてやっていける時代なら、恐怖を使うやり方もまだ通用したでしょう。ところが、今は定期的に仕事のやり方を変えていかなければ、生き残っていけない時代になったのです。それはつまり、仕事にクリエイティブさが求められるようになったということです。人がクリエイティブさを発揮するためには、恐怖など邪魔な要素でしかありません。恐怖に萎縮した状態では、人はクリエイティブな能力を発揮できないからです。

ここ最近の傾向だと、評価を盾にすることは、パワハラに該当します。なので、今後は評価を盾にして部下を脅すような上司は減っていくでしょう。一昔前より転職がしやすい今の時代、評価自体のインセンティブも下がってきています。私としては、上司が部下を評価する制度など、もうやめても構わないのではないかと思っています。なぜなら、まともに部下の評価ができる上司を、私はこれまで見たことがないからです。結局、人が他人を適切に評価するなど、どだい無理な話なのです。

近頃は、同一労働、同一賃金の話もあがってきました。この話にも、色々と課題はありそうですが、もしかすると「この仕事ができたら、この金額!」といった制度の方が、人は余計なストレスを感じなくてすむかもしれません。少なくとも、上司の顔色をうかがいながら仕事をする必要はなくなるからです。最終的には、AIが人間を評価する時代になると思いますが、自分の欲得や偏った考えで評価する人間よりは数段マシだと思います。