スペシャリスト信仰の罠

「スペシャリストを目指せ!」

近頃、どこかしこで聞く言葉です。日本人のスペシャリスト信仰は今に始まったことではありませんが、どうもスペシャリストの意味を誤って理解している人が多いように思います。

スペシャリストの代表格といえば、オリンピック選手、プロ野球選手、プロサッカー選手などがあります。このように、日本人のスペシャリスト観は、「たった一つのことを極めた人」というイメージを持っている人がほとんどだと思います。

そのため、日本人は一つのことばかりやろうとする人が目につきます。しかし、それでは失敗する確率の方が高いと言わざるをえません。本当にたった一つのことだけを極めてやっていける人は、ごく一部だけなのです。そんな世界は、私たち一般人が目指すにはどう考えても門が狭すぎるのです。

プロの選手になれる確率は0.03%

たとえば、プロのスポーツ選手を例にとってみると、なれる確率は0.03%、つまり1万人に3人くらいの確率しかありません。これがどれだけ狭き門かは、少し考えてみればわかると思います。実は、このようなことはスポーツに限ったことではありません。たった一つのことだけを極めて超一流のスペシャリストになるには、どの業界でもこれくらいの確率になるのです。

しかも、プロ選手になれる人たちは、ほとんどの場合、生まれ持ったセンスに加え、幼少のころから厳しい練習を続けています。そのような世界は、どう考えても私たち一般人が大人になってから飛び込めるような世界ではないのです。

サラリーマンで一つの業務にこだわるのは自殺行為

不思議なことに、日本人はサラリーマンでも、たった一つの業務だけを極めようとする人が少なくありません。これは前時代の遺産とでもいうべき価値観だと思いますが、他にも、自分の得意分野だけ、やりたい分野だけしているほうが楽だからという理由もあると感じています。

しかし、サラリーマンで一つの業務だけにこだわるのは、もはや自殺行為に等しいと考えた方がいいでしょう。近年、どこの会社でも一人で複数の業務をこなすことが求められているからです。とくに、社員の平均年収が高い会社ほど、その傾向が強くなっているように感じます。なぜなら、そのほうが人件費が安くなるからです。たとえ一人に1000万の給料を払っても、その人が一人で3人分の業務をしてくれるなら十分におつりが出るのです。

実際、私が勤めている会社でも、一人で事務処理、データ解析、機械の故障対応、顧客対応、部品手配・返送、業者手配など、一人で様々な業務をこなさなければなりません。以前に上司から聞いた話では、社員一人あたり1億円の利益が出ているそうです。だから、社員の平均年収が高くても会社に十分な利益が残るのです。

また、私がこれまで6回転職してきた経験からもこれは間違いないと感じています。待遇が良い会社になればなるほど、それに比例して業務量が増えていったのです。それがたとえルーチンワークであったとしても、単純作業の何倍も多種多様な業務をこなす必要がありました。もしそれができないと、簡単に「デキない人」の烙印を押されてしまいます。

一つに特化するより平均以上が3つあったほうが重宝される

サラリーマンであれば、今の世の中、ほとんどの会社の業務はマニュアル化されています。残念ですが、すでにマニュアル化された業務を極めたところで、大した価値はないのです。それなら、人と比べて平均以上にこなせる業務を3つほど持っていた方が重宝されるのが、今の社会の現実です。

あなたが営業であれば、自分の得意な顧客のタイプや分野を3つくらいに増やしておく。プログラマーであれば、プログラムの他、交渉力や提案力などを平均以上に高めておくといいでしょう。とくに、エンジニアの世界では、未だに職人気質の人が多く、コミュニケーションに難がある人が多々見受けられます。そんな人たちの中で、顧客との交渉や提案に長けていれば重宝されるのは間違いないでしょう。

3というのは不思議な数字で、マジックナンバーと言われたりします。三角形も安定した形と言われているので、3つのスキルがあると安定するということなのでしょう。たしかに、3つほど得意分野を増やしておくと、これまでの自分の経験からも業務能力が安定してきたような感覚がありました。

スキルを身につけるなら一つずつ

ただし、複数をスキルを身につけるときの注意点があります。それは、スキルを身につけるのは一つずつが原則です。2つ、3つを同時進行で進めるより、まずは一つに集中してスキルアップをします。一つのスキルが平均以上になったと感じたら、次のスキルに移っていくのです。

1つのスキルアップの期間としては、半年~3年くらいは見ておいた方がいいでしょう。自分が身につけたいスキルレベルが高ければ高いほど、習得するためには時間がかかるからです。自分の能力が低いうちは、3ヶ月~半年くらいで身につけれらる簡単なスキルでいいと思います。それを達成して、少し自信がついたら、もう少し難易度を上げて挑戦する。それが達成できたら、また難易度を上げる。この繰り返しで、少しずつ自分のレベルを高めていくのです。

最終的にはスペシャリストもゼネラリストになる

スペシャリストの反対語として、ゼネラリストがあります。日本では、ゼネラリストは器用貧乏よばわりされることが多いのですが、これはまったくの勘違いです。日本におけるゼネラリストとは、大企業における総合職のような印象があるからでしょう。かつての日本企業では、総合職になると数年単位で部署を異動し、昇進していく仕組みでした。

しかし、あんなものは同じ庭の中をぐるぐる回っているだけで、本当のゼネラリストの姿ではないのです。本当のゼネラリストというのは、もっと多種多様な経験があり、広範囲に渡る判断力を持っているのです。それを証拠に、欧米の企業では幹部社員は全員ゼネラリストです。中には高度なスペシャリストもいますが、彼らの場合はスペシャリストであり、ゼネラリストなのです。だから強いのです。

それに引き換え、現在の日本の大企業の有様はどうでしょうか。欧米をはじめ、そのほかの外国企業と対等に渡り合える企業はほんの一握りしかいなくなってしまいました。それはとりもなおさず、狭い世界しか知らないスペシャリストが経営をしているからに他なりません。

多くの日本人は忘れていますが、日本はもともと侍という究極のゼネラリストが統治していた国なのです。武芸百般という言葉を知っている人もいるでしょう。侍たちは、武器術でも刀だけでなく、手裏剣、棒術、長刀、弓、分銅など、ありとあらゆる武器に精通していました。自分の得意な武器はあれど、誰もが一通りは経験しなければならなかったのです。

その他にも、詩吟に舞踊、兵法をはじめ、ありとあらゆることができなければなりませんでした。かつて私の祖父はこう言いました。「武芸百般という言葉は、たんに武道や芸能だけでなく、炊事・子育てから夜の生活まで、日常生活のあらゆるものが含まれる」ようするに、日常生活それ全てが修行になるということなのです。

一人一人の侍がゼネラリストであったから、小国でも昔の日本は欧米諸国から恐れられるほど強かったのです。

ゼネラリストというのは、あらゆることができるので基本的に死角がありません。死角がないということは、ここを突けば勝てるという弱い部分がないということです。当然、そんな相手を倒すのは大変になります。倒すのが大変な人間ばかり集まって、組織を作れば強くなるのは必然でしょう。

これからの時代は、今まで以上に社会のレベルが全てにおいて上がっていきます。私たちの子孫たちの知的水準も、今の私たちよりもっと上がっていくでしょう。そうなると、3つどころか6つ、9つとさらに多くの得意分野を持つことが普通になってくるはずです。そう遠くない未来には、全ての人がゼネラリストになる日が来るかもしれません。