減点主義で人を見ていないか?

「減点主義」実に嫌な言葉です。

この言葉を聞いて、良いイメージを持つ人は少ないでしょう。しかし、現代の日本社会においては、いまだにこの減点主義が根強くあるのです。減点主義が広まったきっかけは、会社組織からでしょう。

とりわけ、これまで大企業では減点主義によって評価がされてきました。その影響が大企業の下請けや、出入りしている他の業者にも浸透し、それが友だち関係や家族関係にまで広がっていったと私は考えています。

減点主義とは?

そもそも減点主義とはなんでしょうか? 私の感覚だと、ある一定の基準から下がっていくしかない方式のことだと考えています。加点されることがほとんどないのです。

たとえば、会社ではまず上司が自分に対して持っているイメージがあり、仕事でミスをすると、上司のイメージはどんどんマイナスになります。あなた何度かミスをして、上司にマイナスのイメージがついてしまうと、そのイメージが再び上がることはありません。上司は自分に対して、「こいつはミスが多い奴だ」とレッテル貼りをするからです。その後、その人が成長してミスが大幅に減ったとしても、以前のイメージが回復することはありません。

私が若いころは、今よりもずっと偏見の強い時代でしたから、こういう上司がとにかく多かった印象があります。世間知らずで頭が固いので、一度レッテル貼りをして思い込むと、そのイメージをずっと引きずるのです。

しかし、これは実に不寛容で矮小なやり方です。そもそも減点主義で人を見るような人には、人間が成長するという考えが前提にありません。ですから、しばしば「人は変わらない」というような言葉を口にします。実際は、自分と似たような人間しかいない、狭い世界しか知らないだけなのです。同時に、その人自身も成長できないタイプの人間だということなのです。

減点主義で人を見ると友だちがいなくなる

減点主義で人を見る人には、ほとんどの場合、友だちがいません。仮に友だちがいたとしても、何かあればすぐに仲違いしてしまうのです。減点ばかりして加点がないわけですから、一定以上に減点されると、減点する側はつき合う価値がないと判断するからです。これでは、どんなにいい友だち関係であっても、長続きするはずがありません。

また、減点主義の人は、相手からも減点主義で見られることになります。本人もそれがわかっているので、友だち関係でも当たり障りのない会話しかできなくなります。その結果、浅い人間関係しか築くことができなくなるのです。

浅い人間関係しか築けない人は、いざというとき誰も協力してはくれません。本音のないつまらない会話しかできないため、人も寄ってこないのです。とはいえ、それは自分の心の狭さが招いたことですから、仕方がないと考えるしかないでしょう。

減点主義を蔓延させた大企業の罪

日本の大企業では、とにかくミスを嫌います。大きなミスならまだしも、メールの誤字脱字のような細かいことまでミスだとカウントされるのです。これは中小零細より大企業のような大きな組織ほど、傾向が強くなります。

そのような風潮は、リスクのあることは他人にやらせ、自分は何もしないという卑怯な人間を量産することになりました。酷い人間になると、自分の部下や後輩にリスクのあることをさせ、成功すれば自分の手柄、失敗すればその人のミスにするような者までいます。

私が勤めた一部上場企業、派遣社員として入った大企業には、必ずこういう卑怯な人がいました。それもかなりの割合で。そのようにして、他人に責任を押しつけ、自分は責任を回避するような人ほど出世するという仕組みが長年に渡って続いてきたのです。

たまに大企業の不正が表沙汰となり、ニュースなどで報道されることがあります。そのとき、大企業の幹部たちが責任を他に押しつける醜悪な場面が見られることがあります。あれは、その会社自体がそういう風土であるという証拠なのです。

困ったことに、このような減点主義は大企業だけでなく、下請けや出入りしている他の業者などにも伝播します。大企業の担当者は、少しでもミスがあれば下請けや業者の担当者を厳しく糾弾します。その結果、それらの下請け会社や出入り業者も、細かいミスを恐れ、減点主義にならざるを得なくなってしまうのです。

そうして社会全体に広がっていった減点主義は、しだいに友だち関係や、家族関係にまで及ぶことになります。勤め先での減点主義の習慣を知らず知らずのうち、自分の友だちや家族にまで適用してしまうのです。当然ながら、人間関係は上手くいかなくなり、思い悩むことになります。

ほとんどの人は、自分が普段当然のようにしている行為を意識的に省みることはありません。そのため、自分が減点主義に陥っていることになかなか気づけないのです。

加点するから関係が長続きする

もしあなたが自分を振り返ってみたとき、周囲の人を減点主義で見ていると感じるなら、これからは加点方式も加えましょう。

減点方式というのは、いうなれば1か0か、白か黒か、といった両極端な考え方に近いのです。現実には1と0の間に0.1や0.2もありますし、白と黒の間にはグレーもあるのです。1か0かといった両極端なものより、パーセンテージで考えた方が人間関係は上手くいくのです。

なぜなら、そこにはブレーキの ”遊び” と同じものが存在するからです。ここでいう ”遊び” が寛容さです。よりよい人間関係を続けるためには、寛容さが必要なのです。

多くの場合、減点主義の人には寛容さがありません。他人に厳しく、「これだからダメ」「あれをやったからダメ」と相手に条件ばかりつけているからです。基本的に、他人に厳しいだけの人は周囲から敬遠されます。しかし、加点ができる人は違います。減点をすることはあっても、加点もしますから、一度は下がっても再び上がってくることもあるからです。だから、人間関係が長続きするのです。

そもそも、減点主義で厳しく人を見るような人に限って、自分のことがまったく見えていません。他人に厳しく自分に甘いのです。他人の揚げ足はとっても、自分に至らない部分があるとは考えないのです。そんな人が周囲から好かれるわけがありません。

今、自分が周囲との人間関係がよくないと感じている人は、まず自分が減点主義で相手を見ていないか振り返ってみましょう。そして、自分の行動に至らない部分があるかどうか考えてみましょう。大抵の場合、自分にも至らない部分が一つや二つはあるはずです。自分に至らない部分があるとわかれば、他人に対して寛容になれるはずです。

自分に非があることもあれば、相手に非があることもある。結局、人間関係はお互い様なのです。そう考えることができれば、減点主義で他人を見ることもなくなるでしょう。