サラリーマン社長がダメな理由

今、日本のほとんどの会社はサラリーマン社長が経営していると言われています。サラリーマン社長については賛否両論ありますが、私はサラリーマン社長については反対派です。なぜなら、今の日本の衰退は、サラリーマン社長で構成された財界にその原因があると思うからです。

サラリーマン社長とは

そもそも、サラリーマン社長とは何かについて、最初におさらいしておきましょう。サラリーマン社長とは、長年同じ会社に勤めあげ、出世の階段を昇って社長になった人たちのことです。

日本企業で社長まで出世するには、一般的に15~20年くらいの期間が必要です。その間、彼らは自分の業務に励み、上司からよい評価をされる必要があります。このようなシステムで出世してきたサラリーマン社長には、以下のような特徴があるのです。

 承認欲求が強い
 ことなかれ主義
 長期的視点に欠ける
 自己保身
 信念がない

承認欲求が強い

サラリーマン社長というのは、若いころからずっと上司に評価されることで上にあがってきた人たちです。そのため、誰かから評価を受けることに慣らされてしまっています。彼らの多くは、社長になってもその習慣が抜けず、会長や株主といった人たちの評価を気にするようになります。

彼らは、どこまでいっても自分の評価が最も大事で、下で働く社員のことなど気にも留めません。自分の評価のためなら、平気で社員の賃金を切り下げますしリストラもします。それはすべて自分の利益や名誉のためなのです。

ことなかれ主義

終身雇用、年功序列の制度で出世してきた人たちは、とかく何事も穏便にすませようとします。穏便にすむことであれば構わないと思うのですが、彼らはすべてを穏便にすませようとするのです。穏便にすませるということは、何事も表沙汰にしないということです。これはしばしば、不正を隠したり、誤魔化すという行動に繋がります。だから大企業の不正は何年も経ってから表に出ることが多いのです。

その他にも、新しい分野に挑戦しない、積極的な投資をしないなど、無難なことばかりして現状維持をしようとするのです。サラリーマン社長が経営する会社では、斬新な製品やサービスが出にくいのはこのためです。社長がことなかれ主義ですから、ほかの幹部社員も同じような人間ばかりになります。そして、リスクを取れなくなり、会社は現状維持から衰退へと移行することになるのです。

長期的視点に欠ける

サラリーマン社長は、基本的に目先の利益ばかり追う傾向があります。これは、株主の反応を気にしているからです。会長や株主の方にばかり気持ちが向いているため、四半期ごとの短期利益ばかりを気にするようになるのです。

そもそも、1年のうちたった3ヶ月の業績変動など、その会社にとって大した意味はありません。しかし、その短期に株価が上下することで利益を狙う株主もいます。その会社の大株主が外国資本であるなら、短期利益を重視した要望もあるため、気にせざるを得ないのでしょう。

多くのサラリーマン経営者は、自分が社長でいる間だけ業績が良ければいいと考えています。自分が社長から退いたあとのことなど、どうでもよいのです。だから、彼らは短期の利益にしか興味がないのです。

自己保身

古い制度のもと、出世の階段を昇って社長になった人たちは、同じ組織でしか生きていく道を知りません。他にお金を稼ぐ手段を知らないのです。そうなると、彼らの多くは意地でも自分の立場を守ろうとします。というより、彼らには立場を守る以外の選択肢がないのです。

とくに今の50~60代のサラリーマン経営者は、自分の立場を維持することしか考えていません。10年以上の長期に渡って我慢を続け、やっと念願の社長のイスを手に入れたわけです。それまでの苦労を考えれば、自分の立場にしがみつくのは当然の心理でしょう。

とはいえ、そんな人間が何年も会社に居座れば、成長できなくなるのは当然です。今の日本では、ほとんどの会長職や経済界の幹部など、軒並み65歳以上の老人ばかりです。酷い人になると、80歳を超えていることもあるのです。このように、いつまでも権力の座に居座る老人ばかりでは、新しい時代のやり方についていけず、会社も日本の経済も衰退の道しか残されていないのです。

信念がない

創業者社長とサラリーマン社長の最大の違いは、ここだと思います。創業者というのは、会社を作るとき「こんな会社にしたい」という明確なビジョンがあります。しかし、サラリーマン社長は、創業者が築いたシステムの中で出世してきただけなので、明確なビジョンというものがありません。

「明確なビジョンなど必要ない」という人もいますが、少なくとも、会社をどうしていきたいのかという方向性は必要です。それがなければ、ただ現状維持をするだけの組織となり、目的がないため次第に尻すぼみになっていかざるを得ないのです。

また、そうした信念の部分がないと、ただ会長や株主の言いなりになるしかありません。信念がないということは、自分がどうしたいのかという明確な考えがないということです。自分の考えがないのですから、そういう人は他人の言うことを聞くよりほかないのです。

リストラは無責任経営の証

2019年、日本を代表する有名企業がこぞって45歳以上のリストラを始めました。たしかに、会社を一新して新しい時代に追いつくために必要な措置だとは思います。生産性の低い45歳以上の社員をリストラすることで、若手を引き上げ社内の体制を変えようとしているのでしょう。

これは一見、経営としては正しいように見えます。しかし、私は45歳以上のリストラを推進したところで、根本的な解決にはならないと考えています。なぜなら、45歳以上をリストラしなければならない企業風土を築いたのは、ほかならぬ今の経営幹部たちだからです。

もし、本当に会社を改革したいのなら、リストラを終えた後、自分たちもその責任を取って総退陣するべきでしょう。古い価値観を引きずった老人たちが、幹部に居座っている状態で若手を引き上げたところで、会社の仕組みが大きく変わることは期待できないからです。

正直、私は2019年からの大手企業のリストラには怒りを感じています。彼らはまるで「今ならリストラしても許される」といわんばかりに次々とリストラを決めました。あまりに節操がないのです。彼らは、これまで自分たちがためてきた経営のツケを、下で働く社員たちに押しつけたのです。自分たちは責任を回避し、ぬくぬくと立場を維持しながら、リストラされた社員の生活など知らんぷり。

こんな人たちに、社長だ経営者だと大きな顔をする資格はありません。日本の経営も本当に地に落ちたと感じます。

実質賃金は平成の30年間ほぼ下がり続けた

日本人の平均年収や実質賃金というのも、平成の30年間ほぼ下がり続けました。そして、今や日本人の平均年収は2019年時点で408万円まで下落しています。(doda調べ https://doda.jp/guide/heikin/)私自身、ここのデータは毎年チェックしていますが、結構、現実に近いと感じています。

ただ、一つ気をつけないといけないのは、平均年収という部分です。平均ですから、年収が高い人が平均を押し上げていることも考慮しなけれななりません。私の感覚だと、この平均年収からだいたい50万マイナスくらいがボリュームゾーンだと思います。つまり、年収350万前後の世帯が最も多いと考えられるのです。

さて、経営不振なら賃金を上げられないのも理解できますが、中には過去最高益を達成している企業も多数あります。平均賃金は下がり続けているのに、企業の内部留保もこの20年上昇を続けているのです。それなのに、社員の賃金が上げられないのは非常におかしな話だと思います。私はここにも、サラリーマン社長の弊害があるとみています。

サラリーマン社長の弊害

まず一つ目に、いきすぎた株主至上主義があると思います。株主への配当ばかりを優先し、社員の給料を上げてこなかったのです。株主にいい顔をしておけば、株主からは良い評価をされます。株主からの評価が欲しい経営者としては、下で働く社員にどう思われようと関係ないのでしょう。

もし、彼らに社員を大切にする気持ちが少しでもあるなら、社員に昇給や一時金などで多少なりとも利益を還元するはずです。一部には、そのような経営者も存在するとは思います。しかし、全国的な統計で平均賃金が下がり続けているということは、社員へ利益を還元してない経営者の方が多いということです。

2つ目に、企業の内部留保が過去最高に達している現状があります。内部留保というのは、かんたんに言えば会社内部にため込んでいるお金のことです。通常、内部留保がたまっていくと社員に還元したり、設備や開発に投資したりするものですが、この20年はなぜか内部留保が増え続ける一方なのです。これには専門家たちが様々な理由を説明していますが、事実はもっと単純な話かもしれません。

私がこれまで見てきた企業幹部たちは、非常に保守的でした。彼らのほとんどは、自己保身ばかりを考え、ただ自分が定年するまで大過なく過ごせればいいと思っています。とくに50歳以上のサラリーマン幹部たちは、ほぼ全員といっていいほど、その傾向があります。

私が思うに、彼らが内部留保をため込んでいるのは、時代が読めずどこに投資すればよいのかわからないからだと思います。そして、会社内部にお金さえため込んでいれば、自分が定年するまで何とかなるだろうと考えているのではないでしょうか? 結局、彼らは無為無策なのです。

これまで見てきた企業幹部たち、たまにテレビで見る有名企業の社長の言動を振り返っても、私にはそのようにしか思えないのです。

人件費を下げることでしか利益をあげられないのは無能な経営者

企業経営に対する、世の中のほとんどの論調は、その会社の売り上げばかりに焦点が当てられます。ただ「売り上げさえ高ければいい」という論調に私は反対です。この20年の売り上げ増の中身は、ただ人件費を安く抑えることで利益をあげている部分が結構な割合であるからです。

利益を出すために、ただ人件費を下げればいい、外国人に安い賃金で仕事をしてもらえばいい、このような短絡的な考え方が今の日本には蔓延しています。そんな経営はどんな人間にでもできます。そんなやり方で利益を上げたところで、なんの意味もないのです。

なにより、賃金の引き下げには限度というものがあります。今の日本で最低限の生活をするとして、地方の一人暮らしでも月15万くらいは必要でしょう。近年、ネットで調べてみても、手取り15万というキーワードで800万件以上がヒットします。これは手取り15万程度で働いている人が相当多いことを意味します。

実際、私の地元でも、40代で手取り15万前後で働いている人を私は何人も知っています。求人情報を見ても、手取り13~15万の求人ばかりです。そうした現実を鑑みても、すでに日本人の賃金切り下げは、限界に近いところまで来ていると考えていいでしょう。なにせ、この30年間ずっと平均賃金が下がり続けているのですから、そろそろ限界が来るのも当然なのです。

会社の利益さえ増えればいい、自分の評価さえよければいい、このような未熟で近視眼的な考えのサラリーマン経営者ばかりになったから、今の日本は衰退しているのです。すでに時代遅れとなったサラリーマン社長の制度など、私は廃止すべきだと考えています。日本人を不幸にするような経営しかできないのなら、そんなものは必要ないのです。