2020年5月、女子プロレスラーの木村花さんが亡くなりました。直接的な原因はSNSの誹謗中傷。後日、問題となったテラスハウス制作側の指示に従うよう誓約書を交わしていたことが判明。制作側は「無理強いはしていない」などと苦しい言い訳をしています。この事件は、制作側の指示に従って悪役になりきったことで、彼女に批難が集中したことが原因でしょう。
もちろん、誹謗中傷する側の問題もあると思いますし、制作側がそれを助長したのは間違いないと思います。とはいえ、なぜ彼らは見知らぬ他人をそこまで誹謗中傷できるのでしょうか? 今回、SNSで誹謗中傷する側の人間はどんな心理状態なのか、その奥底にある問題について考えてみます。
虐げられた人間がSNSにはけ口を求める
ネットやSNSなどで誹謗中傷する人についてですが、彼らは普段から何かしらの不満を抱えている人と考えていいでしょう。仕事、お金、人間関係・・・それら不満のはけ口をどこかに求めている人たちなのです。
日本社会では、今でも我慢することが大切だといった認識を多くの人が持っています。しかし、私はこれは大きな間違いだと思っています。人間というのは、それほど強い生き物ではありません。心の奥底に抱えた不満というものは、必ずどこかにはけ口を求めます。どんなに我慢しているつもりでも、それは無意識のうちに人の行動に影響を与えているのです。
この30年、日本人の平均年収は下がり続けました。今では、大半の人たちが年収300万円台まで落ち込んでいます。そうした状況だと、将来に希望が持てず、人は不安に駆られます。当然、給料が上がらない自分の状況に不満を持つでしょう。私も28歳くらいまでは、ずっと手取り15万円くらいで生活していましたから、この気持ちはよくわかります。
そして、給料の低い会社ほど、職場環境も悪くなる傾向があります。厳格な上下関係、パワハラ、セクハラなど、いまだそうした行為が常態化している会社も少なくありません。客商売であれば、客からの無茶な要求があったり、優位な立場であるのをいいことに尊大な態度を取られることもあるのです。
これはつまり、今の社会は金銭的、肉体的あるいは精神的に虐げられている立場の人が多いということなのです。虐げられた人は必ず不満を持ちます。それが自分の中に蓄積することで、どこかにはけ口を求めるようになるのです。そして、ほとんどの場合、そのはけ口は弱者に向けられます。
会社組織であれば、自分の部下や後輩、家庭であれば自分の子供や年下の兄弟に、その矛先は向けられることになるでしょう。こうして、不満を生み出す負の連鎖で、不満を持つ人たちがどんどん量産されていくのです。
アクションのハードルが低いネット社会
今の時代はネットやSNSという便利なものができました。これらは便利である反面、人の負の側面を浮き彫りにすることにもなります。匿名ですから、何を書いてもこれまではバレることはありませんでした。相手から直接的な反撃を喰らうこともないのです。
ただ指を動かすだけでいいのですから、行動を起こすまでのハードルも非常に低くなります。今となっては、誰でもスマホを持ち歩いていますから、サッと取り出してすぐ入力ができるのです。ネットの話題もリアルタイムでどんどんUPされますから、ホットな話題にもすぐに触れることができます。
どこかで誰かの発言が炎上したり、批難を受けていることなど日常茶飯事です。そんな騒動を目にした人たちは、ここぞとばかりに自分も批難に加わります。「赤信号みんなで渡れば怖くない」精神というやつです。大勢がやっていれば、自分一人が加わっても大した問題ではないだろうと考えてしまうのです。これは現代日本人の悪いところだと思います。
普段から、あまり不満を抱えていない人であれば、見知らぬ芸能人や有名人が少々批難されていたとしても、それに加わることはありません。ところが、昨今の日本社会は不満を抱えている人が多いから、つまらないことでもいちいち炎上しているのです。本人になんの恨みもないのに、見知らぬ相手を罵ることで、自分の不満を解消しているのです。
相手を殴るなら殴られる覚悟をしなければならない
自分は反撃を喰らうこともなく、大勢でただ一人に精神攻撃を加える。これは考えてみれば、とてつもなく卑怯な行為です。しかし、強い不満を抱える人たちは、そんなことまで気が回りません。彼らの多くは、自分のことで精一杯で、自分自身の行為に気がついていないのです。
ネットの世界というのは、周囲にその他大勢がいるわけではありませんから、自分が大勢の中にいる自覚が持ちにくいのでしょう。「自分一人くらい加わっても大したことではない」と。しかし、攻撃される側は一人だけなのです。攻撃を受ける側は一人で大勢から批難を受けるわけですから、まともな人なら精神をすり減らすのが当たり前です。それも毎日。それが22歳の女性ならなおさらでしょう。
自分は安全地帯に身を置き、相手を攻撃する。これは会社組織でもよく見られる行為です。評価を握っているのをいいことに、上司が部下を虐げる構造と基本は同じです。私もこれまで、いくつもの会社組織で何度もそのような行為を目にしてきました。中高年にも、そのような卑怯者が大勢いるのですから、今の若い者がそれを見習うのは当然といえば当然かもしれません。
基本的に、人を殴るのであれば、自分も殴られる覚悟を持たなければなりません。その覚悟を持たずに、相手を攻撃することは人の道に反する卑怯な行為なのです。それに、反撃の怖さを知っている人間は、みだりに他人を攻撃できないものです。殴られる覚悟を持たぬ者に、相手を殴る資格はないのです。
ネットの書き込みは本人の特定が可能に
今回の木村花さんの事件で、ネットやSNSの書き込みに対する法整備が進むことになるかもしれません。最近では、ネット専門の弁護士も登場し、ある程度の追跡が可能になってきました。
もし、ネットやSNSなどで度を超した批判をされた場合は、以下のような流れで相手を特定することができるようになっています。
(スクリーンショットでハンドルネーム、内容などの記録)
数ヶ月以内に裁判手続き
(プロバイダ各社の情報が残っている期間)
誹謗中傷の根本解決は社会問題を解決すること
そうはいっても、結局は日本社会の問題を解決しないことには根本的な解決にはなりません。そもそも、日本は会社組織だけでなく、教育からして間違っています。まずは、つまらない上下関係の意識をなくすことでしょう。
年上だから、先輩だから、上司だから、客だから、目下の者に偉そうな態度を取ってもよい。このような低俗な価値観をまずなくすことです。こうした誤った上下関係の意識が、弱者を虐げてもよいという下劣な意識に繋がっていくからです。
これまでの日本の会社組織は、学校生活の延長です。部活動で先輩から虐げられたやり方を、会社組織でもそのまま続けているようなものです。今になって、そのような仕組みがやっと変わり始めましたが、まだまだ改善までには時間がかかるでしょう。
会社組織でパワハラのような行為が常態化していると、その会社は不満を持つ社員で溢れ、それはそのまま家庭にも悪影響を与えるのです。会社組織と家庭、この2つに悪影響があるということは、世の中のほとんどに影響が出るということになります。だから、まずは会社組織の職場環境を改善することが必要なのです。
そして、賃金水準を引き上げることです。人件費を削ることでしか、利益を維持できない今のやり方も、そろそろ限界に来ています。これからは、新しい価値を生み出すための教育、職場環境を整えないと、平均賃金を上げることは難しいでしょう。
ここを変えていかないと、日本の社会はますます不満を持つ人で溢れ、これからも悲惨な事件が繰り返されることになります。今現在、日本だけでなく世界が急激に変わり始めています。この変化が吉とでるか凶とでるか、私にはわかりませんが、日本の社会全体が良い方向に向かっていくことを願うばかりです。