未熟な中高年が若者を追いつめる

近年、就職した若者が、自ら命を断つという痛ましい事件が後を絶ちません。

事件の詳細をみてみると、そのほとんどは上司からのパワハラが絡んでいます。事が公になると、彼らの多くは「指導に熱が入りすぎたかもしれない」「そんなつもりはなかった」などと、心にもない言い訳をして責任逃れをしようとします。

しかし、日本企業はそのような人間をクビにしようとはしないのです。これはどう考えてもおかしなことです。いくら労働者が保護されているといっても、人を死に追いやった人間をクビにできない理由などないでしょう。

こうした対応の甘さが、目下の者や下請け業者へのパワハラを助長し、組織を腐敗させることがなぜわからないのでしょうか。

加減を知らない大人たち

近年のパワハラ事件をみて私がいつも感じることは、パワハラをしている人間の誰もが加減というものを知らないということです。

通常、人が鬱になったり自殺したりするとき、必ず前兆があります。元気が極端になくなったり、遅刻をよくするようになったり、ミスが以前より増えたりといったことです。なにより顔色がすぐれなくなります。

そうしたサインが彼らにはわからないのでしょう。私自身もこれまで散々パワハラには遭ってきましたが、パワハラをする人間というのは、自分より力のない者を痛ぶることを楽しんでいるのです。

自分より力のない者を痛ぶることで、自分の力を誇示し、「自分は強いんだ」と思いたいのです。あるいは、仕事のストレスを無抵抗な者にぶつけることをストレス解消の手段としているのです。それはひとえに、彼らが弱い人間であるからなのです。

弱い人間には自分のことしか見えていません。自分のことで精一杯で、相手を思いやる余裕などないのです。彼らは、自分の感情を満足させることで頭が一杯で、相手の状態を把握する力がないのです。

そのため、相手にどんどん元気がなくなっていることに気づきません。かりに気づいたとしても、彼らはそんなことより、目先の自分の感情を満足させることを優先するのです。その結果、相手が鬱病で入院したり、休職したり、最悪のケースでは自殺したりするまで追い詰めることになるのです。

喧嘩のできない臆病者ほどパワハラ上司になりやすい

私がこれまで見てきた感じだと、パワハラをする人間ほど、本来は臆病で大人しい人間が多いということです。彼らは社会に出るまで、ほとんど喧嘩もしたことがないような人たちです。

彼らは社会にでてからも、喧嘩をすることがありません。上司や先輩の言うことは何でもきき、従順に仕事をこなします。そして何年かすると、役職がつくことで人生で初めての権力を持つようになるのです。

彼らはそれまでの人生で、ほとんど喧嘩というものをしたことがありませんから、相手に加減するという能力が身についていません。やりすぎると相手がどうなるかもわかっていないのです。

反対に、若いころから、喧嘩をしてきた人というのは、加減というものを知るようになります。とくに、自分より弱い相手にやりすぎると、相手に大怪我をさせたりすることもあるからです。

加減ができるということは、力をコントロールできるということです。それは単に腕力だけの話ではなく、権力といったべつの力にも通じるのです。加減ができる人は、権力を持っても力の使い方をわきまえるようになるのです。

ところが、加減をしらない人間は、力をコントロールできないため、無闇やたらと力を振りかざすだけなのです。だから、彼らの周囲は虐げられる人間ばかりになっていくのです。

パワハラする人間が処罰されない日本企業

外資系企業では、部下や後輩を自殺まで追い詰めると、即刻クビにされます。しかし、多くの日本企業ではクビどころか、ほとんど処罰すらされていないのです。私はせめて降格や減給くらいはするべきだと思うのですが、そういった対応が日本企業でされた例を私は知りません。

私がこれまで見てきた中では、窓際部署に飛ばされるのが関の山でした。その人間に役職がついていても、その役職はそのままで窓際に飛ばされるだけなのです。それでは、いくら出世コースから外れたとはいえ、金銭的なペナルティがないのですから、本人にとって大した痛手にはならないでしょう。

こうした甘い対応がまかり通っているから、いつまでたっても日本企業からパワハラがなくならないのです。

馴れ合いの組織文化

こうした甘い対応になるには理由があります。パワハラをする人間というのは、ほとんどのケースで自分の上司からは受けがいいのです。なぜかといえば、それは彼らがイエスマンだからです。

自分の上司の言うことはどんなことでも聞くため、上役からすれば非常に扱いやすいのです。とくに、これまでの日本企業では、上司からのウケがいい人間が出世してきました。イエスマンと上司の関係は、グダグダの馴れ合い関係になりやすく、その延長でお互いをかばい合う関係を築いていることが多いのです。

上司からすれば、パワハラをする人間でも、自分の評価や出世に便利なイエスマンですから、できるだけ手元に置いておきたいのです。彼らは、組織の利益より自分達の利益を優先する運命共同体なのです。

これは考えてみれば、非常にレベルの低い話です。彼らは、自分たちの利益のため、組織や従業員を私物化しているのです。昨今の日本企業の衰退、不正の発覚には、このような背景があると私は感じます。

会社組織だろうと、運営しているのは人間ですから、結局は”人”の問題に帰結します。そこを理解せず、仕事とパワハラは別問題だと考えるのは完全に間違いです。

もし、あなたが勤めている会社に、そのような兆候があるのなら、近いうちに離れることを考えたほうがいいでしょう。そこがどんな有名な企業であったとしても、将来的に衰退していくことは間違いないからです。

これからの時代は、職場環境をよくすることでしか、優秀な人材を引き留めることはできなくなっていきます。職場環境を改善すれば、従業員の生産性も上がります。そうすれば、おのずと企業側にも利益が増えてくるのです。

パワハラの問題は、多くのサラリーマン経営者が考えているより深刻な問題なのです。そこを理解できないようでは、どんな名門企業だとしても衰退の憂き目に遭うしかありません。

ましてや、組織に害悪しかもたらさない人間をかばい、前途ある若者を犠牲にするなどあってはならないことです。日本企業の経営者たちは、今一度、組織やそこで働く人たちの在り方を考える時期に来ているのです。