フットワークの軽い人は下流から抜けるのが早い

「あなたはフットワークが軽いほうですか?」

こう問われて即座に「そうだ」と答えられた人は下流から抜け出す可能性が高い、もしくはすでに抜け出している人でしょう。ここでいうフットワークとは、思い立ったらすぐに動けるという意味です。

仕事でもなんでもそうですが、自分が考えたことを行動にうつせる人は結果を残すことができます。逆に、自分で考えてもなかなか動けない人は結果を残すことができません。

考えてみれば当たり前のことですが、現代人は割とここができない人が多いように思います。

なぜ日本人は動けなくなったのか?

自ら考えて行動する日本人が少なくなった理由としては、幼いころからの学校教育、モデルとなる大人の不在、強い同調圧力などの社会的背景が最初にあります。

次に考えられることは、行動はリスクをともなうということです。自分の考えで行動した場合、時として肉体的、精神的、あるいは金銭的損失を被ります。

誰でも損失は極力避けたいと考えるでしょう。日本は豊かになりすぎたゆえに、無理にリスクを取らなくてもそこそこの生活ができるようになりました。

そのため、損失に耐えられるだけの精神力が身につきづらくなっているのです。

これが途上国だとすると、多少損失を被ってでも何かに挑戦しなければ浮き上がることができません。貧困から抜け出す意思の強い人は、挑戦を繰り返し、その過程で何度も損失を経験します。そして、損失に耐えられるだけの精神的タフさを身につけていくのです。

フットワークの軽い人は損失に対する耐性が高い人

そう考えると、フットワークの軽い人というのは、損失に対してある程度の耐性がある人だといえます。損失を恐れていてはなかなか動けないからです。

べつの表現をすると、自分の労力をいとわない人だともいえるでしょう。自分の労力を使うというのも、場合によっては損失と考えることができます。

たとえば、風邪などで身体がだるいときは、誰でもあまり動きたくなくなります。体調が悪いときに、無理に身体を動かすことは肉体的苦痛をともなうからです。

これと同じで、現実では何かをすると精神的、金銭的損失を被ることも少なくありません。そうなると、損失に対する耐性のない人は行動をひかえるようになるのです。

失敗や損失の経験も価値ある情報になる

しかし、これからの時代においては、行動をしないという選択は最悪のリスクになります。これからの高度情報化社会では、たくさんの情報を持っている人に富が集まるからです。

そして、これから価値を持つ情報というのは、知識ではなく人の経験なのです。フットワークの軽い人は、ほかの人より多くの経験を積むことができます。

それはたんに成功した経験だけでなく、失敗の経験も含みます。

失敗したときに被った様々な損失。そのときあなたが被った損失の情報も、ほかの人たちにとっては重要な情報になりうるのです。

考えてみてください。あなたが何かをしようとしたとき、失敗すればどれくらいの損失があるのかを。その損失が具体的にわかるとき、わからないときを比べると、どちらが行動しやすいでしょうか? 自分が被る損失の目安になるものがあれば、行動しやすいのではないでしょうか?

たとえば、あなたが個人でカフェをやってみたいと考えたとします。ネットを調べると、カフェを個人でやっている人のブログがありました。

その記事の中に、どんな準備をして、どのくらいの費用がかかったのか具体的に書かれていました。そして実際にかかる費用は1000万、その他、店を始めるまでの準備にかかる手間についても細かく書いてあります。

これらの情報を見ると、自分が失敗したとき、あるいは成功したときの目安になるでしょう。ある人には、その情報が店を始めるためのきっかけになるかもしれません。またある人には、諦めるきっかけになるかもしれません。

ここで一ついえることは、店を始める人にも諦めた人にも、そのブログの情報が価値のあるものであったことです。

このように、たとえ起業して失敗し破産をしたとしても、その体験はほかの誰かにとっては価値ある情報になるかもしれないのです。

そう考えると、失敗したときや、損失を被ったときの恐れも少しは和らぐのではないでしょうか。慎重にことを運ぶということも必要ですが、それでいつまでも動けないのなら、さっさと行動して経験を積んだほうが得だと私は思います。

それでたとえ失敗したとしても、あなたの中には価値ある情報が残るのです。もっとフットワークを軽くして、どんどん経験しましょう。これからの時代は、そういう人こそ下流から一抜けるのです。