文系や理系にこだわると仕事がなくなる

日本では、文系や理系といった枠に囚われている人がいまだに多いと感じます。

実のところ、かつての私もそうでした。数学や物理といったものがとにかく苦手で、自分は文系脳だと思い込んでいたのです。

私は高校まで文系でしたが、専門学校でいきなり理系になり、初の就職で製造業という理系の業界に入ることになってしまいました。理系的素養がほぼゼロですから、理系的な仕事のやり方に慣れるまではずいぶんと苦労したものです。

そんな私が、今になって思うことは、結局、仕事には理系も文系もないということです。べつの言い方をするなら、文系的要素と理系的要素の両方が必要だということです。

とくに、これからの時代、文系の仕事はほとんどなくなっていくでしょう。そんな時代に、「私は文系だから理系の仕事はできない」などというのは通用しなくなります。

文系でも訓練次第で理系脳になれる

もともとガチガチに文系脳だった私が、理系的思考力を身につけることができて感じたことがあります。それは、結局のところ、人は訓練次第でどうにでもなるということです。

たとえ、数学や物理が苦手だったとしても、何年もやっていれば嫌でも慣れてきます。そして、最終的には苦も無くできるようになっていくのです。

なにより最近は、Youtubeでわかりやすい授業を聴くことができるようになりました。数多くの講師たちが動画をアップしていますから、自分好みの講師を自由に選ぶこともできます。

彼らの授業を視聴して感じるのは、私が学生時代の授業より遙かにわかりやすいということです。私自身の理解力がアップしたこともあるでしょうが、それを差し引いても、近年の授業は解説レベルが格段に上がっていると感じます。

参考書一つとっても、私が学生のころの何倍も種類があります。そして、参考書の中身も文章だけでなく、図が満載で非常にわかりやすくなっているのです。この時点で、すでに文系の人が理系になるハードルは、かなり下がっているといえます。

わかりやすい参考書にわかりやすい授業。この2つがあれば、苦手を克服することはさほど難しくありません。ただし、読書で文章を読み込んで、最低限の理解力と語彙力を確保する必要はあります。

世の中の仕事の9割は理系の仕事になる

そして、これからの時代は、世の中の仕事の9割が理系の仕事になっていくでしょう。これまで文系職と言われていた仕事は、コンピューターやロボットで事足りるようになっていきます。

文系職の代表格といえば営業職ですが、これもほんの一部を除いて、必要なくなっていくでしょう。ネットが発達した世界では、対面営業の必要性がほとんどないからです。

代わりに、ネットで消費者の興味を引く手法の開発が進んでいきます。それには、論理的思考やプログラミングスキルが必要になるでしょう。かつては文系職の代表格だった営業職も、これからは理系の仕事に変わっていくのです。

事務仕事のほとんどはAIで、運送や警備などもロボットが代替えしていくでしょう。そのため、社会のほとんどの仕事は、そうしたAIやロボットを開発する仕事が主流になっていくはずです。

その他、私がいるような製造業でも、現場作業員の大半がロボットで代替えされ、ごく少数の管理者がロボットを監視するようになっていきます。

もちろん、急にそんな時代が訪れるわけではないので、ここ20~30年の間くらいは、まだ私たちがしている仕事も残っていると思います。ただし、AIやロボットへの代替えが進むにつれ、機械が代替えできる仕事の賃金は下がっていくのは間違いありません。

そう遠くない未来、文系職に固執する人は、低賃金の仕事しかなくなっていくでしょう。そんな時代ですから、私たちは「もう時代は変わったんだ」と自分の頭を切り替えるしかないのです。

理系だから安泰とはいえない

かといって、「私は理系だから100%安泰だ」とはいえないのが世の中の難しいところです。今の日本は、理系と文系のどちらかに頭が偏った人が多いからです。

かつては、文系はコミュニケーション能力に優れ、理系は論理的思考力に優れるなどと言われていました。ところが、これからの時代にはその両方が必要になるのです。文系や理系にこだわること自体がナンセンスだと言われるようになっていくのです。

私がいるような技術の世界では、昔から”職人気質”などと呼ばれ、腕はあってもコミュニケーション能力に難がある人が結構いました。とくに年配のエンジニアは、いまだにそういった人が多いと思います。

普段から寡黙で、同僚ともほとんど話をしないような人、まともに会話ができないような人が実際にいるのです。それでは、これからの時代には通用しません。

今、私がいるような外資系の企業では「コミュニケーション能力が最も重要」と言われるようになっています。

たしかに、仕事というのはコミュニケーション能力があれば、何とかなることが結構あります。同僚や上司との関係、顧客との関係をうまく保つことで、仕事の結果がついてくる可能性も高くなるのです。

これは日本企業でも同様です。仕事のスキルだけでなく、周囲の人たちとどれだけうまくやれるか、これは人間社会である以上、避けて通れないことなのです。

一昔前は、社内でも各部門がほぼ独立して業務をしていたので、同じ部署内の人間関係だけでやっていけました。ところが、ここ最近、他部門どころか海外とのやり取りも増加する一方になっています。

この傾向は、今後ますます強くなっていくでしょう。そうなると、「私は理系だからコミュニケーションできない」「相手の気持ちなど読めない」という言い訳は通用しなくなるのです。

理系と文系のバランスが重要

日本人は、とにかく「私は文系だ」「私は理系だ」といった意識が強い人が多いと思います。こうした考えは、固定観念となり、自分の思考の幅を狭めるのでやめたほうがいいでしょう。

もともと、私たちの脳は右脳と左脳に分かれています。
右脳=文系脳、左脳=理系脳と言われたりします。

私たちの脳の構造としては、文系の要素と理系の要素の両方があるのです。文系と理系というのは、あくまで右脳と左脳どちらが優位ということでしかありません。人間の脳の構造として、両方の要素があるのですから、文系と理系にハッキリ分ける方が不自然なのです。

スポーツの世界では、「左右のバランスが良い方がいい」といわれます。これは、左右どちらかに偏りすぎると、身体がバランスを欠いて自分の利き側の特性が十分に活かせなくなるという理由があるからです。

人間の脳もこれと同じだと思います。左右の脳をバランスよく使うから、考え方の幅も広がり、思考に柔軟性が出てくるのです。自分は文系だ理系だといった思い込みは、思考の幅を狭め、あなたの人生の選択肢を少なくします。

ほとんどの日本企業も、まだその思い込みから脱却できていません。

ですから、私たち一般人がそう考えるのもある意味、仕方のないことではあります。ですが、私たち一般人としては、先にそうした思い込みから脱却していないと、後々、自分の生活に困ることになりかねないのです。

自分は文系だ理系だといった思い込みは、早めに捨てましょう。そして、未来を見据えてバランスよく頭を使えるよう準備しておくのです。左右の脳がバランスよく使える人は、汎用性がありますから、変化の激しい時代でも上手く渡っていけるようになるでしょう。