「会社を辞めるのは逃げだ!」「会社を辞めると負けだ!」
これは私が若いころ、よく年長者が言っていたセリフです。私は当時から、この言葉に納得がいかなかったので、何人かの中高年男性に尋ねたことがありました。
「なぜ会社を辞めることが逃げや負けになるんですか?」と。そして、この問いに納得できる答えを返してきた人は一人もいませんでした。
みんながみんな、「そんなこと言っても・・・会社を辞めるのはいけないことだろう」といった、極めてあいまいな返答ばかりだったのです。
中高年が若者に考えを押しつける理由
私が20代のころ、まだ終身雇用と年功序列の考え方が根強い時代でした。私以降の世代には、その恩恵はまったくありませんでしたが、当時の中高年世代は制度の恩恵を十分に受けていた世代でした。
彼らが若いころは、毎年そこそこの昇給があり、十分なボーナスが支給されていました。同じ会社に10年も勤め続ければ、それなりの役職も用意されていたのです。
バブル時代などは、私の地元にある従業員30~40人の零細企業でさえ、毎年2回は100万円のボーナスが出て、定年すれば退職金も1000万円以上あったという話まであります。高度経済成長期やバブル期というのは、そういった意味では恵まれた時代だったといえるでしょう。
一生懸命働けば、給料も上がりボーナスも十分支給される。ならば、「会社の恩に報いよう」という考え方になるのは、人情的には理解できます。自分たちにそういった気持ちがあるから、若者に対しても、「お前たちも会社に尽くせよ」という考えになったのです。
ブラック企業の出現
しかし、私の世代のように、バブル崩壊後に社会に出た人間は、終身雇用や年功序列のメリットをまったくと言っていいほど実感できません。地方の中小零細企業など、毎年の昇給がない、あっても1000円、2000円というのがザラでした。
ただでさえ、基本給が低い(10~15万円)のに、毎年の昇給が1000円、よくて2000円となると、10年働いたところでたかが知れています。課長になったところで、年収400万円に届かないことも珍しくないのです。
会社も会社で、従業員にメリットを与えず、要求ばかり増やしていくようになりました。時代が悪くなるとともに、多くの会社で売り上げが急激に落ち込んだからです。
売り上げの急激な落ち込みに焦りを感じた経営陣は、さらに従業員を働かせることで利益を確保しようとします。そのような動きは、やがて日本中に広がり、低賃金・長時間労働の会社を蔓延させる結果となったのです。
そして、ネットの台頭とともに、それらの会社はブラック企業と呼ばれるようになっていきます。
賃金の上がらない会社に居続けるメリットはない
一昔前、日本の会社は ”家族的経営” だといわれました。会社は従業員を家族のように扱い、大事にしているという意味です。ところが、バブル崩壊とともに、多くの会社は、そうした家族的経営を維持することができなくなりました。
いい時代を過ごし、会社からの恩恵を十分に受けた世代と、バブル崩壊後に社会人となり、会社からの恩恵を受けられなかった世代とでは、会社に対する思い入れが違ってくるのは無理もないことです。
労働に見合った賃金を支払えない会社に、恩義を感じる人などいないのですから。
侍でさえ俸禄の払えない主君からは逃げ出した
その昔、忠義に厚いといわれていた侍たちでさえ、俸禄(当時の侍の給料)を払えない主君からは逃げ出していたという記録も残っています。
いかに侍といえども、俸禄がなければ家族を養うことはできません。自分たちの生活がまともにできないのに、主人に十分な奉公をすることはできないのです。これは現代の会社組織にも当てはまることです。
私たちは、誰もが「こんな生活がしたい」というイメージを持って働いています。そのイメージが、今の会社で達成できないなら、会社を変えるという選択をするのは当然のことなのです。
そこを理解せず、自分たちの若いころの感覚のままで、会社に滅私奉公しろと強制するのは無理があるというものでしょう。私が思うに、そういう中高年世代でも、今の若者と同じ状況に置かれれば、絶対に同じ行動を取ると思います。
自分が思い描く生活が期待できるから、その会社での仕事を続けることができるのです。
アメリカでは経営者が転職をすすめる
少し前、同僚のアメリカ人からこんな話を聞きました。アメリカでは従業員が希望する賃金を会社が払えない場合、べつの会社を探して転職するよう会社側から勧められると。
それが世間的に認められているのです。だから、アメリカでは不満を持ちながら同じ会社に居続ける人は、能力がないとみなされるのです。能力がある人はさっさといい条件の会社に転職していくのです。
日本では、こうした価値観にまだ抵抗がある人もいるでしょう。私も日本人ですから、その気持ちはわかります。ですが、それは自分が会社から十分な恩恵を受けられた場合です。会社が自分を大事にしてくれないのに、会社に恩義を感じる必要はないのです。
今の日本の大半の会社は、従業員をただのコストとしか考えていません。従業員も労働に見合った対価が得られないなら、さっさと見切りをつけて待遇のいい会社に転職する。お互いにそういったドライな関係でいいと思います。
給料の3倍コストがかかるの嘘
私が若いころ、「会社が君たちを雇うには、給料の3倍のコストがかかっている」と言われたことがあります。これは、その当時、日本中のブラック企業で言われていたことのようです。
つまり、会社側の言い分としては、「自分の給料の3倍以上は利益を上げろ!」ということなのです。これは本当に正しいのでしょうか?
彼らの言い分としては、従業員を雇えば、会社で使う電気・ガス・水道代などの光熱費、コピー代や社用車のガソリン代などの諸費用も含め、1人当たり給料の3倍はコストがかかっているというものです。
私はこれは社員に発破をかけるための嘘だと感じました。
基本的に、会社組織というのは、働く人がいるだけで利益になっています。光熱費や諸費用というのは、あくまで利益を上げるための必要経費です。それらの経費を使わないと業務ができないのです。
そもそも、必要経費を使わずに利益を上げられる会社など、この世に存在しません。
経費がかかるのは当たり前のことなのです。それなのに、その経費まで社員のコストに上乗せするなど、恩着せがましいにもほどがあります。
今どき給料の3倍もコストをかけていたら、会社に利益など残りません。本当に給料の3倍もコストをかけている会社があったとするなら、経営のやり方が相当マズいと言っていいでしょう。
そうしたことを言っている会社ほど、実はまともにコスト計算などしていないのです。
会社を辞めることに罪悪感を持つ必要はない
先に、アメリカの話を例に挙げました。これからは、日本もますますアメリカと同じようになっていくでしょう。ここに関しては、時代の流れなので仕方がないと割り切っていいと思います。
ここ最近では、大企業のように従業員の数が多いところほど、リストラを盛んにおこなっています。これは社員をただのコストと考え、自社の利益のためドライに対応しているということです。
会社側が従業員に対して、ドライに対応しているのですから、従業員もドライに対応して悪い理由などありません。
ただし、辞めるときに会社の機密事項を競合他社に漏らすなどの行為はやめましょう。いくら会社に恨みがあっても、それは人の道に反しています。
どことは言いませんが、たとえば日本に敵対している国の企業に情報を漏らすことは、日本の国益に反することです。それは、日本人全体に対する裏切り行為といっても過言ではありません。日本人なら、それくらいの矜持は持たないといけないのです。
少し話が逸れましたが、ようは今後ますます転職をすることが普通の時代になっていくということです。自分が望む待遇を得たいなら、努力をして待遇のいい会社に転職していく時代になっていきます。
現時点でも、そのようになっている感はあります。ただ、アメリカなどと比べると、それでも日本はまだ転職に対して抵抗がある人が多いように感じます。
転職に抵抗がある人は、まず自分がどんな生活をしたいのかを想像してみましょう。そして、その生活が今の会社で可能なのかを考えてみればいいのです。今の会社で自分が望む生活が不可能ならば、転職を考えてみましょう。
会社に自分の身を捧げるのではなく、自分の人生は自分のために使うのです。
会社に依存せず、自分のために人生を使うから、本気で努力をしようという気になるのです。一見すると利己的な感じがするかもしれませんが、最終的には、そういう人が価値の高い人材になっていくのです。