人間関係に苦労する人は言葉で人を判断している

「言葉に人格は宿る」といわれます。

この言葉は、ある意味正しいのですが、ある意味では間違っています。日本には古来から言霊信仰があるためか、表面的な言葉だけをとらえて相手を判断する人が少なくありません。

実は、言葉というものには、発する単語以外に着目しなければならない、他の要素があるのです。ここを知らないと、表面的な言葉に振り回され、いつまでたっても相手の本質を理解できません。

人間関係に苦労している人は、ほとんどの場合、単語だけで相手を判断し、その本質を見誤っているのです。

感情のない言葉を安易に信じてはいけない

言葉というものは、単語だけで構成されているわけではありません。人が発する言葉には、必ずその人の感情が込められています。感情が込められているから、言葉が力を持つのです。

ここ最近では、言葉にあまり感情を込めず、冷静に話すことが高尚なことだと思われています。しかし、感情のこもっていない言葉に力は宿らないのです。

昨今、テレビに出るような有名な知識人、政治家の言葉が私たちの心に響かないのはそのためです。聞いたそのときは感心しても、しばらくすれば忘れてしまうでしょう。

これは、言葉に力がないからです。言葉に自分の想いが込められてないから、聞いている人の感情が動かず心にも残らないのです。

日本では「口先だけでものをいう」などといったります。この口先というのは、感情が込められていないことを指します。今の世の中、口先だけの軽い言葉で満ちあふれています。

恐らく、言葉を発する本人は、自分の言葉に責任を持つ気がないのかもしれません。責任のない言葉は人ごとのようになり、感情を込めることができなくなるからです。

そして、そうした無責任な言葉を鵜呑みにすると、その人は確実に騙されることが多くなってしまうのです。

言葉に偽りの感情を込める人

とはいえ、世の中には、自分本来の気持ちとは違った感情を込められる人も存在します。

タイプとしては、思い込みが激しい、情緒不安定で妄想癖があるような人たちです。今どきの言葉を使うなら、メンヘラといったところでしょうか。

彼らのようなタイプは、一度思い込んだら、それが嘘でも真実になってしまいます。悪いことでも善になってしまうのです。どんなに周囲が否定しても、本人はそれで間違いないと言ってはばかりません。

こういう人たちは、そもそも感情が安定していないことが多いので、本来の感情を読むことが非常に難しくなります。目先の感情に流されやすく、その場で心にもないことを口走ることも珍しくありません。そのため、単語も感情も信用することができないのです。

では、こういう人たちを判断するにはどうすればいいのでしょうか?

それは、彼らの行動を普段からよく観察しておくことです。彼らの普段の行動や言動、感情の移り変わりを観察しておくことで、その言葉に信憑性があるのか、次第にわかるようになってきます。

運悪く、そのような人と初対面になってしまった場合は、最初のうちはかなり振り回されることになるでしょう。

面倒ではありますが、人生の早い時期に一度くらいはメンヘラの人と関わっておいた方が、後々の人生にはプラスになるかもしれません。

ただし、メンヘラの人と関わってしまったとき、絶対に情には流されないようにしましょう。
一線を越えたらスパッと切るくらいのことができないと、メンヘラの餌食になってしまいます。

相手の行動と性格を理解する

もしあなたが、相手のことを少しでも正しく理解したいのなら、普段の相手の行動や性格を理解するよう努める必要があります。

日頃の言動と行動が一致しているか。その人の性格上、こういうことは嫌いだとか。利にあざといか、そうでないか。約束を守るほうか、守らないほうかなど。色々と、その人に関するデータを集めていくのです。

そうすれば、その人のおおよその行動パターンや性格がわかるようになってきます。同時に、言葉の信憑性についても、精度が上がっていくでしょう。

ここで注意しなければならないのは、「コイツは絶対にこういう人間だ」といったレッテル貼りをしないことです。

人間というのは、状況が変われば、普段とまったく違った行動や言動を取るものです。もしかすると、あなたが普段見ていないところでは、いつもとは違った人格になっているかもしれないのです。

また、一度レッテル貼りをして固定観念を持ってしまうと、想定外の事態が起こってしまったとき対応できません。それは、あなたに最悪の事態をもたらす可能性を高めることになるのです。

すべての物事に絶対ということはありません。人間という複雑な生き物であればなおさらです。相手の人物像を、100%固定して決めつけるのは極めて危険なことだと理解しましょう。

車のブレーキも、遊びがあるから安全に運転ができでしょう。それと同じように、人間関係にも遊びのような不明確な部分を持たせることが、人間関係で苦労しないためのコツなのです。

言葉だけで人を判断するのは相当に難しい

ここまで読んでくれた人なら、もうおわかりでしょう。実際のところ、言葉だけで相手を判断するというのは、相当に難しいことなのです。というか、ほぼ不可能です。

表面的な言葉というのは、いくらでも嘘をつけますし、偽りの感情を込めることもできます。言っている当人の精神が錯乱していれば、言葉に込められた感情さえも信用することができません。

だから、表面的な言葉だけを拠り所に、相手を判断する人は人間関係で苦労することになるのです。

とくに、人生経験のあまりない若い人たちは要注意です。判断材料が少ないため、表面的な言葉に惑わされ、騙されたり利用されることになりやすいからです。

そうはいっても、若いころは誰しも人間を判断する精度が低いのは仕方のないことです。そういう私も、若いころは人間関係でかなり苦労しています。

結局のところ、相手を正しく判断したかったら、いろんなタイプの人たちと深いつき合いをしてみて、人間洞察力を高める以外に方法はないということになります。

サラリーマン社会などでは、周囲と浅い人間関係ばかりになっている人が少なくありません。世知辛い世の中ですから、自分のことで精一杯、他人のことに構っている余裕がないのでしょう。

そんな時代ですから、最終的にはその人に、人間愛があるかどうかが洞察力を深める決め手になります。人間愛があるから、相手に興味を持ち、より深く観察することができるようになるのです。

人間洞察力の源泉となるものは、兎にも角にも他人への愛情なのです。そういう意味では、愛もまた最強のスキルと言ってもいいでしょう。